2012年5月14日月曜日

枯れない性は果たして幸せか-老人ホームの性の現場-




寝たきりのまま、腰を振る老人男性
 
 老人ホームの一室。70歳後半の男性が4人部屋のベットの上で寝たきりになっている。男性は最も介護が必要とされる要介護5の認定を受けており、もう自分ひとりではなにもできない状態だ。実際、口から食べ物を摂取できない。胃に直接栄養を投与する胃ろうで生命を維持している。自力での排尿もすでに不可能である。そのため、尿道にカテーテル(管)を装着している。もう身体的には自力で生きることができない。だが驚くことに、老人ホームに勤務する女性職員は男性の性欲はいまだ健在だと話す。

「夜間巡回のときです。タンが絡まっているようだったんで、吸引をしてあげたんですよ。大丈夫ですか?って顔を近づけて話しかけたんです。そしたら、キスしろと言いながら、腰を振り出すんですよ」

 若い職員の口から出たその言葉に思わず面食らってしまった。もう一度確認する。80歳近い寝たきりの老人である。身体機能や生殖機能はすでに老衰しているはずだ。車椅子にも容易に乗れない。もう先があまり長くないことをわかっているからだろうか、家族も頻繁に面会に訪れるそうだ。そんな老人が若い女性についつい反応し、腰だけは動かそうとする。「にやにやして、なんだか嬉しそうな顔をしてましたよ」と職員は語る。性へのエネルギーが寝たきりの老人を突き動かしたのだ。


死を待つ場所、老人ホーム
 
 老人になり、身体機能・生殖機能が衰えると、性に無縁になるのだろうか。そんな素朴な疑問を抱いて訪れたのは、新潟県長岡市にある老人ホーム。長岡駅からバスに乗り、30分ほど揺られると最寄のバス亭につく。大きな杉の木に囲まれている農村集落のなかに目的地である老人ホームはあった。





 まるで小学校の校舎のようだ。建物のくすんだ色のおかげでなのか、花壇に植えられている花々の彩りが妙に際立っていた。施設のなかには男女約100人が住んでいる。特別養護老人ホームという特性上、入居者は身体が衰弱し、家族介護や病院治療の末に送り込まれた人たちが多い。
 
 なかに入るとアルコール消毒液のにおいが鼻につんときたが、不思議なほどに老人ホーム特有の人間臭さというか、便臭のようなものはしなかった。廊下には近々開催されるイベントポスターや保育園児の手作りメッセージカードが壁に飾ってある。施設内は清潔でいて、色鮮やかだ

 廊下を抜けたところには共同スペースがある。そこには車椅子にのった高齢者30ほどいた。しかし、入居者同士で会話をしている人はほとんどいない。車椅子に乗ったまま動くことなく、徒に時を過ごしている人が大半だった。まぶしいほどに煌びやかなお仏壇も置かれている。おそらくこの施設から回復して自宅に戻れるような人はいないのだろう。死を待つ場所。不謹慎ながらそんな言葉が浮かんできて、ぴたりと当てはまった。

 こんな場所で性にまつわる話なんて聞けるわけがない。そう思った。しかし、現実は人間の想像をいとも簡単に乗り越える。頭のなかの推測はあっさり裏切られた。
 
 寝たきりのまま腰を振る老人の話に続き、別の男性の話を女性職員が語ってくれた。
 
唯一のプライベート空間での自慰行為

「あ、そういえばお風呂場でも見たことはありますよ」
 
 今度は浴場で目撃した性の現場について話してくれた。男性は80歳前半。車椅子に乗って生活をしている。浴場内には椅子に座ったまま入浴ができる介助器具がある。その中に専用の椅子ごと入り、体を職員から洗ってもらう。洗い終わるとタンクに入っているお湯を容器いっぱいに溜めていく。男性にとっては、介護者がその場を離れてからの数分間がようやく一人でゆっくりできる入浴タイムとなるのだ。しばらくして職員が浴場へと戻ったとき、男性の様子がどうもおかしかった。

「水中のなかで、陰部を掴んで動かしていたんですよ」

どうやら自慰行為をしていたらしい。

「あんまりいじらないの。とれちゃうでしょ、といって声はかけましたけどね」

 そもそも自慰行為自体は本人の自由である。止める権限は施設側にはない。しかし、介護器具は施設共有のもの。淫らに汚してしまうわけにはいかないので一声かけたのだという。結局、陰部は「よぼよぼ」のままだったので、射精する心配はなかったらしいが。

 おそらく、この男性にとって老人ホームで一人になれる唯一の時間がお風呂だったのかもしれない。ベットにいるときは4人部屋のなかであるし、車椅子で外に出かけられるほど体は言うことをきいてくれない。入浴器械の中に浸かっている数分間が唯一のプライベートな時間であり空間であったのであろう。 

 強烈な話をしているにも関わらず、女性職員はあまり恥ずかしがる表情を見せずに淡々と語ってくれる。それもそのはずであった。職員からすれば施設内で性の現場に遭遇することはなにも珍しい出来事ではないというのだ。あまりに想像を超えた現実の連続に、頭のなかで描いていた老人像がぼろぼろと音を立てて崩れていくのがわかった。



 老人になったら性欲は枯れる。この認識は完全なる幻想であった。人間である以上、死ぬ寸前まで性と無縁にはなれないのだ。この老人ホームでのエピソードを通して、歳を重ね、身体機能や生殖機能が衰退したとしても性的欲求を失うことなく保持し続けることはわかった。だが、これは決しておめでたい話として終わらせられるほど軽い話ではない。

「高齢者になったとき、自らの性とどう付き合っていけばよいのか」

 そんな現実的で重い問いを突きつけられた気がした。誰でも訪れる老後。いずれ多くの人が当事者として向き合わねばならない問題である。超高齢社会を迎えようとしているいまこそ「高齢者の性」を見つめ直すときではないだろうか。タブー視している場合ではない。

(佐々木健太)


2 件のコメント:

  1. >「あんまりいじらないの。とれちゃうでしょ、といって声はかけましたけどね」
     お年寄りの気持ちに理解のない人もいるのですね。あなたがオナニーをしているのを見た人が、「スケベ、ヒヒオヤジ、変人」と言われたら。
     お年寄りがオナニーをしてたら見て見ぬ振り、がいいでしょう。「手伝いましょうか」ならもっと喜ばれますよ。

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  2. ひどい皮肉をいいますね。あなたは家族《又は介護職員》にオナニーの手伝いをしてほしいっていうのでしょうか?
    たしかに発言には問題あるんですが。、それは生活介助ではないと思いますが。

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